『都市対抗野球』のもう一つの醍醐味。応援合戦に見る応援団のロマンとは。

こんにちは、田舎もん坊主です。

私が大手通信会社に勤務していた約32年間の中で、仕事を除いて一番印象に残っているのが、20歳から30代後半まで所属していた応援団活動です。

なぜそこまで印象深いのかと言うと、そこには「応援団のロマン」があるからです。

今回は都市対抗野球のもう一つの醍醐味である応援合戦と「応援団のロマン」について、私の経験と今の思いを書いてみたいと思います。

応援団の活動と都市対抗野球

以前の企業の応援団活動と言えば、主に自社の社会人野球チームの応援がメインでした。

毎年夏に東京ドームで開催される「都市対抗野球」と秋に京セラドームで開催される「日本選手権」の2大大会出場を目指し練習に励みます。

特に毎日新聞社が主催する「都市対抗野球」は昨年(2019年)で90回目を迎えた伝統ある大会で、社会人野球の日本一を決める最高峰の大会です。

地方予選を含めた各チームのガチンコ勝負は、高校野球で甲子園を目指すのに匹敵する程各チーム並々ならぬ思い入れを持って挑みます。

但し応援団は、あくまでも黒子なので、如何にスタンドの一般応援団と一体となって野球部員の士気を鼓舞することができるかが大命題です。

本大会に出場するためには野球部自体が勝たなければなりません。

これは紛れもない事実ですが、野球部の本大会出場をどれだけ後押しできるのか、それが我々応援団の努めでもあります。

これは当時の私の持論ですが、

  • 「試合に勝った」時は野球部の実力の結果
  • 「試合に負けた」時は相手の応援団に負けた結果

こう思って毎回試合に臨んでいました。

野球部は野球部と戦うのですが、応援団は相手の応援団と戦うのです。

実はそこに応援団のロマンの一片があるのです。

そんな社会人野球(都市対抗野球)の応援活動には高校野球と大きく違う点があります。

それは「応援団コンクール」という制度が別枠で設けられている点です。

野球部の勝利如何を問わず、試合での応援団の頑張りに優越が付けら、表彰されるのです。

これは応援団にとても大きな励みであり、当然ながら「最優秀賞」目指してしのぎを削ることになります。

これは、第64回大会の北信越大会で「応援団コンクール」で優勝した際に頂いたものです。

当時応援団長を務めていたということもあり、今でも自宅で大切に預からさせて頂いています。

この年は我が野球部も晴れて3年ぶりに都市対抗野球(東京ドーム)に出場しましたが、準々決勝でサヨナラ負けしてしまいました。

地方予選突破に向けて

高校野球もそうですが、社会人野球もなかなか応援団の活動にフォーカスされることは殆どありません。

吹奏楽団を含めて応援団がどれだけ大会に向けて練習を積んでいるかご存知の方も少ないと思います。

毎年7月に開催される都市対抗野球を例にとると、応援団の活動は例年GW明けくらいから練習を開始し、まずは地方予選に臨みます。

当然ながら仕事は普通にこなさなければならないので、勤務終了後社屋の屋上や体育館でほぼ毎日暗くなるまで練習を行います。

ランニングに始まり、柔軟体操、発声練習、振り付けの練習などの基礎的な練習を行います。

土日のどちらかも丸1日練習漬けとなります。

土日は本番さながらの練習になりますので、試合展開を想定した曲の切り替えや、演舞の切り替えをみっちり練習します。

このような練習を約1ヶ月続けて地方予選に臨むことになります。

地方予選では、本大会の東京ドームのような応援団専用の舞台はありませんので、応援団はスタンドの通路で応援演舞を行います。

応援団と吹奏楽団の席は予め確保した状態で、それを取り囲むように一般の応援団に座っていただくといった具合です。

東京ドーム(本戦)での応援

地方予選を突破すると、晴れて本戦の舞台に立つことができます。

東京ドーム(本戦)では、応援団専用のステージが用意され、応援団は相手の応援団と対峙することになります。

ここにこそ応援団のロマンがあるのです。

試合開始前のエール交換

都市対抗野球は、その名のとおり都市と都市との対抗戦です。

私の場合は会社(支社)が金沢市にあったので、「金沢市の代表」として試合に挑みました。

相手が例えば東京都代表の場合だとすると、『金沢市vs東京都』という構図になります。

都市対抗野球では、必ず試合開始前にその都市と都市との間で互いにエールを送り合う「エール交換」というセレモニー(儀式)が行われます。

相手の都市とチームをリスペクトし合う儀式みたいなものです。

これはお互いの応援団長の指揮の元、スタンドの応援団が一体となって行うのですが、お互いのスタンドの応援団が総立ちし脱帽しつつ、頭を下げて相手の応援エールを聞くことになるのです。

先ほどの『金沢市vs東京都』を例にとると、まず金沢市代表の応援団長から東京都代表チームに対し、

東京都代表、〇〇〇〇のご健闘を期してー、フレーーー、フレーーー、東京ーーーー。

の号令でスタンドの応援団全員で「フレーフレー東京」を連呼するのです。

その後東京都代表の応援団長から金沢市代表チームに対し、同様のエールを送ります。

なかなか言葉では伝わりにくいので、下記のYoutubeをご覧ください。

NTT東日本 エール交換の模様です。

第64回大会の際は僭越ながら応援団長を務めていたので、この最初の発生の大役を任されました。

特に2回戦は地元東京のプリンスホテル相手だったので、相手スタンドは東京都民が1万〜2万人近くいたかと思います。

その東京都民が全員起立・脱帽し、頭を下げている中、球場内で応援団長の声だけが響いいているわけですね

ほんと身震いがしました。

エールを送った後は、相手方の東京都民応援団全員が敬意を表し、拍手をしてくれるのです。

まさにこれが応援団の真骨頂であり、応援団のロマンなのです。

試合中の応援合戦

NTT東日本が応援団コンクール最優秀賞をとった「第88回都市対抗野球大会」の応援風景です。

こんな感じで毎回時チームの攻撃時に応援を展開します。

守備の際は相手方の応援に敬意を払い、楽器の演奏は禁止されています。

はじめてご覧頂いた方はビックリされたかも知れませんが、社会人野球(都市対抗野球)の醍醐味は試合もさることながら、この応援合戦も醍醐味のひとつとなっています。

試合終了後のエール交換

試合終了後も試合前同様相手チームの検討に敬意を表しエール交換を行います。

これも都市対抗野球ならではの儀式で、いつ観ても胸が熱くなります。

自チームのみならず敵陣である相手チームにも敬意を払う、この精神こそ日本人の美徳ではないでしょうか。

まとめ

残念ながら90年代後半以降は、時代の流れとともに各企業の野球部も活動を休止(事実上の廃部)する動きが加速し、徐々に都市対抗野球の参加チームも減りつつあります。我野球部も1999年をもって活動休止となりました。

まさか社会人になってこのような貴重な体験をさせてもらえるとは思ってもいませんでしたが、「応援団」というものから本当にたくさんのものを学びました

会社は退社しましたが、当時の応援団仲間とは今でも懇意にさせてもらっています。

言わば同じ釜の飯を食べた有志の付き合いです。

誰かを応援すること、それは決して「応援団」といった限られた活動のみならず、人が人として生きる上で欠かせない行動ではないかと思います。

「私が応援団で学んだこと」は、今現在もそうですが今後の人生の糧になると信じて止みません。

ここ最近はコロナの感染拡大の影響で、都市対抗野球が中止になったり延期になったりしていますが、今年こそは無事開催されて熱い応援合戦が繰り広げられることを楽しみにしたいと思います。

最後までご覧いただきありがとうございました。